Lan Meliang-liang!!     「大好きBALI!!」のHAPPY BALI

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シリーズ:バリ人化について語る⑦polosなわたし。。。。

ユダさんがマス村の村長になってようやく1年が過ぎた。
そして、私もマス村の婦人部(PKK)の代表になってやっと1年が過ぎました。
1年前ある日突然、心の準備もなく村の仕事をするようになった私ですが、とにかく始まった当初は、いったい村の仕事とは?PKKとは?ラパットとは?ブパティ?グブヌル?
いったいだれ?本当に何から何まで新しい単語だらけでインドネシアと言う社会の仕組みすら分からず、途方に暮れていました。


まず、村では何かラパット(会合)やセレモニー等の予定が入ると手紙が家に届きます。これが前もって1ヶ月前なり、せめて1週間ぐらい前に知らせてくれればいいのに、何と殆どが前日に届く。。。ひどい時は、その日の朝に届いたりする。
それは、言わば招待状の様なもので予定の内容・場所・時間・その日の服装等が書かれていて、それによって村のスケジュールが日々こなされているのです。最初は、届いた手紙の意味さえ分からず、取りあえず言われた通りの時間に言われた通りの場所へ言われた通りの服装で行って、ようやく予定も半ば過ぎた時点で、その日のスケジュールの意味を把握する、そんな毎日でした。いや、今でもそんな状態が続いています。正直言って!
届く招待状を次から次へとこなして行くうちに半年が過ぎたころ、PKKのイブイブ達から「IbuユキはPolosだ。。。」と誰しもが言うようになった。ポロス(素直とかおとなしいとかの意)。。。ポロス。。。 私が、ポロス??


ある日こんな事があった。ウブド郡長の退官式のセレモニーがウブドのツブサヨにあるプラダラムで行われた。ウブド郡の各村長達、各村のバンジャール長、ウブドの警察庁、軍隊、村の銀行LPD幹部達、各村のブンデサ達(宗教の長)や、マンクー達プムダ(青年団)の代表達等、錚々たるメンバーがその日そこに集結していた。
もちろん、私も顔なじみの各村のPKK代表を待っていたのだが、、、
ウブド郡のPKK代表で参列したのは、なんと私だけ。。。???
お隣のロットゥンドゥーのBapakに聞くと「僕が来ているから奥さんは来ないよ!」
はぁ???そんなものなのか??

こんな事が一度や二度ではなく頻繁にある。
もちろん、皆さんは思われるでしょう。村長に聞けば?と!
私もちゃんと聞いている。だが、「自分が行きたければ行きなさい。」
その一言で終わってしまうのだ。全く。。。
ユダさんと言う人となりをご存じの方は頷いて頂けると思う。><
村のPKKのリーダに聞いても、「もちろんイブが行って下さい。」と言われる。
だが、実際行ってみると各村のPKKの代表が来ているのは私だけ?
と言う事が度々あるのです。その他の村は、村のPKKのリーダー達だったりします。
なぜ??
誰か教えてほしい!!この行事は、そんなに大事じゃないから、まあ~サボってもいいよ。とか、これは大事だから絶対に抑えないと!とか、手を抜こうにも抑えようにも選別のしようがない。

なぜなら、全てが初めてでその予定の意味すら分からないのだから。。。


ポロスなわたし。。。
そして、ポロスにならざる負えない私。。。


この1年、自分なりに良く頑張ったと自分をほめてやりたい気持ちでいっぱいだ。選別しようのない行事を一つ一つこなし、半分以上分からないバリ語の社会に放り込まれ、良く1年間やって来れたものだ。しかも、この1年でジャワ島古都ジョクジャカルタとスラウェシ島のクンダリへ2回も公務に出かけた。バリ人ばかりの中で。。。
そして完全ではないが年間を通して、マス村のウブド郡庁・ギャニャール県庁・州知事との関わりや村がどんな事で動いて、どんなふうに活動し、どんなふうにミーティングし、どんなふうに団結していくか、分からないなりに見て来たつもりだ。
バリヒンドゥーの社会を!

そして、1年が過ぎてようやくこなす行事の内容がおぼろげながら少しは分かって来たように思う。今年6月から2年目に入る今期は、私も招待状の選別なんかしたりして
「これはリーダーが行って下さい」とか強気な発言が出来たりするのだろうか??


いやっ やっぱり、ポロスかも。。。。><


「マス村PKK(婦人部)後半6カ月の軌跡」

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1月半ば頃に行われたロンバデサ(村の大会)環境や健康面、村の活動などを評価する大会がインドネシア全土で開催されます。大会当日ロンバが終了してマス村のPKK達と前ウブド群長夫人と前ギャニャール県庁夫人との記念撮影。

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1月末日、村で行われたマス村の観光問題についてのミーティング。マス村は、木彫りの村としても世界的にも有名ですが、殆どの観光客がウブドへの通り道でしかなく通り過ぎてしまう事が多いので、いかに観光客が立ち寄ってくれる村、宿泊をしてくれる村にしていくか話し合いました。一番大切な外国人の意見を聞いてくれる人は一人もいませんでした。。。TT

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2月初め当時のギャニャール県庁夫人とギャニャールPKKや公務員達で出かけた古都ジョクジャカルタ。この時もギャニャール県内で村として選ばれたのは私だけ。現地に着いて初めて知りました。ジョクジャカルタで何度も全国大会(ナショナル)のロンバデサでトップを取っている村への視察と交流が目的でした。

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こういう交流会には、必ずその土地の特産品、ご当地物が品評されます。お菓子やクルプッ(お煎餅)等

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そして、その交流会が終わるとジョクジャカルタ市内観光へ。イブイブ達はお買い物に夢中。。。そんな中、近頃全く訪れることが出来なかった我が青春の街ジョクジャカルタ。10代の頃から始めたジャワ更紗、バティック。その魅力に魅せられて修業時代を過ごした街でもあります。懐かしいマリオボロ通り。イブイブ達の目を盗み、当時足しげく通ったワルン:チレボンで大好きだったエス・コピヨルを飲みながら、私は思いにふけるのでした。バティックの為に通ったこの街に今度はPKKとして訪れようとは、誰が想像出来ただろうか。。。

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2月末デンパサールにて行われたロンバ。写真中央の州知事夫人を囲むバリ州のPKK代表達。ここで初めて州知事夫人にお会いしました。

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3月中頃、もうすぐ任期を終えようとしていたバリ州知事がマス村のバンジャール・タルカンへ来訪。次の州知事選にも続投を考え既に出馬していた州知事。この頃、頻繁に各村を訪れていたようです。村側もわざと通りづらいデコボコ道のある場所を会場にし、村の実態を訴え村への支援金を訴えました。(州知事:ゴルカルと副州知事:PDIとの対決でしたが、激・激戦の結果、現州知事の続投が決まりました。)

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3月末日、何とマス村のバンジャール・ニュークニンが環境&健康の部門でバリ州でNO.1に輝きました。ニュークニンは、ウブドからも近くえっ本当にマス村なの?と思う人も多いかと思いますが、れっきとしたマス村の一つのバンジャールなのです。実は8年前にもバリ州でNO.1に輝き全国大会では3位に輝いています。この日は、新しいギャニャールPKKの代表(新しいギャニャール県長は、奥様が他界されているので副県長夫人がPKKの代表です)が仕切って、ナショナル大会に向けてのPVの撮影の為にニュークニンに集結しました。ギャニャールPKKの代表、若くて綺麗な方ですね。

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そして4月初め、今度はジャカルタのPKKナショナルチーム(審査員)を迎えてのセレモニーがニュークニンで開催されました。私達PKKのコーラスからセレモニーは始ります。これも毎夜かなりの練習が続きました。

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そしてマス村村長のスピーチ。

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ナショナルチームの審査員達にアピールするべくウブド郡庁やギャニャール県庁そしてバリ州のPKK代表達。錚々たるメンバーがこの日会場に集結しました。水色の服を着られた方がバリ州知事夫人です。村長や私も視察の為、村を案内させて頂きました。

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ナショナルチームの視察セレモニーが終わって、一息をついた頃にイブイブ達とクルンクンの市場へお買い物に出かけました。イブイブ達の制服を作るのにイカット生地を購入する為です。ジャワ島では正式な時はバティックの服。そして、ここバリ島はやはりイカットなのです。

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6月中頃、村の事務所で開催された歯の講習会。デンパサールから専門技師を招いての無料診断で歯のチェックをしてくれました。

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6月末、マス村のプムダ(青年団)の誕生日及び代表の新旧交代のセレモニー

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そして6月末、4月初めに行われたあのロンバデサの結果、、、何とマス村がナショナルで3位に輝きました。その表彰式の為、スラウェシ島のクンダリまで、またまたバリ人ばかりの中で行くことになりました。真夜中のフライト、ウジュンパンダンでの深夜のトランジット、冷たいベンチで仮眠、早朝のクンダリ到着。バリ島から8時間も掛かるなんて。。。日本へ帰れてしまいます。食べ物は、朝・昼・晩、パダン、パダン、そしてパダン料理。最終日は、全員一致でバッソを食べて帰りました。

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クンダリでは、大きな展示会が同時に開かれていました。バリ島の出展ブースも設けられ、州のPKK達が管理をして運営されていました。表彰式では、別の部門で同じく3位になったデンパサールの村のPKK代表とクルンクンの代表と3名が参加しました。ここでブルーのナショナルの制服のスカートを忘れてしまった私。クルンクンのイブが同じ黒のスラックスをわざと履いてくれました。><

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7月半ば、村のPKKの年間のプログラムとして奉仕活動や運動など様々なプログラムをこなしていくのですが、7月からは村の老人会の方々の体操(スラム)に2週間に1度参加することが決まりました。ここでユダさんのお母さん(イブ)がトップで仕切っていた。村長の母親も村での仕事に力を尽くしているようです。

その他バンジャールでのオダラン、各バンジャールのプムダのオダラン、ギャニャールで行われたPKKのセミナーやジャランサンタイ等々。。。先週末は、夕方からの体操、夜は22:00ごろまでテガルビギンのプムダのセレモニー、翌朝早朝6:00からタルカンで行われたジャランサンタイ。週末になると特に忙しい。

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今もこうして書いている最中、明日の朝8:30にウブド群庁に行って下さい、と秘書からの連絡。お昼からはプラ・ダラムでのセレモニーが入っている。 ふっ~~


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